大紀元時報

「アウシュビッツの方がまし」アーティスト夫婦を襲った中共の迫害

2021年7月14日 01時35分
法輪功学習者・于宙さんと妻の許那さん(明慧ネット)
法輪功学習者・于宙さんと妻の許那さん(明慧ネット)

中国共産党による法輪功迫害が続く中、北京の画家・許那さんはその信条を理由に、この20年あまりで何度も中国当局に不当逮捕されている。それでもなお、自身の正義と良心を貫いている。

許那さんは2020年7月19日、北京順義区空港派出所と国家安全保衛部門の警察に連行された。7月20日に警官らに家宅捜査をされ、電子製品とビデオカメラなどをすべて押収された。法輪功の情報サイト・明慧ネットが伝えた。

2021年4月、許那さんと同じ日に不法逮捕された北京の法輪功学習者10人は、北京東城区裁判所で起訴された。北京東城区検察院は「証拠不十分」で、取り扱わない方針だったが、最終的には東城区裁判所に持ち込まれた。弁護士によると、これらの学習者が起訴された理由は、コロナウイルスの蔓延期間に、ネットで意見を書き込んだからだという。

「長年にわたる個人的な経験から、この国にあるあらゆる不正は、見て見ぬふりできないほど身近にある。結局は自分の身に降りかかってくる。たとえ自分から遠く離れていたとしても、常に自分の良心を苦しめている」。許那さんは明慧ネットに語った。

才能ある画家 作品に純正さを表す

 

許那さん(大紀元)

許那さんは中国吉林省生まれ。1991年に北京放送学院(現在、中国伝媒大学)を卒業した。1997年、許那さんの受賞作品は中国文化部の芸術展に出展され、1998年には中国青年油絵展で受賞した。その作品は中国大陸と香港で知名度がある。

その後、許那さんは中央美術学院の油絵科大学院に進学し、指導教員や多くの画壇関係者に画力を認められた。彼女は「法輪大法の修煉で心身は純粋で正しいものになる。私が作った作品を見た人はその深みを感じてもらえるはず」と話した。

許那さんの夫・于宙さんも法輪功学習者だ。北京大学・フランス語学科を卒業し、多芸多才で数カ国語に精通したミュージシャンで、当時の有名な民謡から創作楽曲を演奏するミュージックバンド「小娟と山谷の住民」のドラマーだった。

お互いが多芸多才で、しかも仲睦まじい夫婦だった。法輪功の「真・善・忍」の原則で自分を律し、回りの人々には優しく接していた。

許那さんと夫の于宙さん(大紀元)

最初に許那さんが拘束されたのは2001年だった。陳情のために北京に来た法輪功学習者に自分の部屋を貸したというだけで、不法に5年刑罰が下った。悪名高い北京女子刑務所で酷刑を受けた。

刑務所に移送された初日、許那さんはスリッパの甲を600枚作成を強いられた。修煉をやめさせるため拷問も行われた。足を組んだ状態で縛られたり、睡眠させない、雪の中に立たせるなどだ。家族との面会も許されなかった。

「私は自分が中国の刑務所ではなく、アウシュビッツ(収容所)に投獄された方がましだと思った。なぜなら、ナチスのガス室ではすぐに死ぬことができ、北京の女子刑務所では、 生きるのは死ぬよりも辛い.....」と、明慧ネットに語った。

刑務所では、あらゆる種の「耐えられないほどの痛みを与えるが、骨を折らない」拷問が考案されていた。例えば、180度開脚させられ、別の3人の囚人が足や背中に座って何度も押す。警察はこのアイデアを自慢していた。「これはいい」という具合だった。

2003年、法輪功学習者の董翠芳さん(当時29歳、医学科大学院の院生)は刑務所で殴り殺され、当局はその犯罪を隠蔽しようとした。所内で真実を暴露した許さんは、隔離されて「個室の監獄」に移動された。 

自身の正義を貫く許さんを、刑務所側は疎ましく思ったようで、何度も監房を次から次へと移した。彼女が移るたびに、その監房の受刑者たちは彼女の別れを惜しんだ。

夫が迫害死 許さんは再び不当連行

2006年に5年の刑期を終え、許さんは家に帰った。夫婦の暮らしは戻ったものの、普段通りとはいかなかった。警察から監視され、しばしば嫌がらせを受けた。

2007年、夫の于宙さんがドラマーを務める民謡バンド「小娟と山谷の住民」は有名なレコードメーカー「Channel V」 と契約を交わした。そのバンドは「2007年に見逃せないバンド」と称され、楽曲は人気を博した。

しかし、中国共産党は執拗に2人を苦しめた。幸せは切り裂かれた。

2008年1月26日夜、于宙さんはコンサートの後に妻と帰路につくと、警察が突然、北京通州区留置場に連行した。27日、警察4人は許那さんの実家の財産を没収し、さらに妹の家財も没収した。さらに、許さんの家族に外国の記者に話すことを許さないと脅した。

2月6日(大晦日)に、42歳だった于宙さんを迫害して死に至らせた。当時、于宙さんは通州区留置場に拘禁され、家族との最後の面会は許されず、妻の許那さんが于宙さんの葬儀に参加することさえ許されなった。

許那さんは迫害で死に至った夫のために裁判を起こした。しかし、2008年11月25日、北京市崇文区裁判所は法廷で、許那さんに対して不法に3年の刑罰を下した。

(大紀元日本ウェブ編集部)

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